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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)272号 決定 1956年10月13日

抗告人 斎木正雄

訴訟代理人 古明地為重

相手方 常盤商事株式会社

訴訟代理人 皆川健夫

主文

原決定を取り消す。

本件競落を許さない。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人は、主文第一、二項同旨の決定を求め、その理由として、末尾添附の「申立の理由」と題する書面記載のとおり主張し、証拠として、乙第一ないし第八号証を提出し、甲第一、第二号証の成立を認めて、これを援用した。

相手方は、抗告棄却の決定を求め、答弁として、末尾添附の「申立の理由に対する反対陳述」と題する書面の通り主張し、証拠として、甲第一、第二号証を提出し、乙第一号証の成立は不知、乙第二ないし第四号証の成立を認める、乙第五ないし第七号証は、いずれも但書の部分を除き成立を認める、右各但書部分は、抗告人が勝手に書き入れたものである、乙第八号証の成立を認めると答弁した。

よつて、まず抗告理由のうち、原裁判所が競売法第三十一条民事訴訟法第六百七十条の規定に反して最低競売価額を低下した違法があるとの点について判断するに、一件記録によれば、原裁判所は、昭和二十九年十二月二十日午前十時の競売期日においては鑑定人の評価額をもつて最低競売価額と定め、執行吏をして競売を実施せしめたが、同日午前十一時の競売の終局までに相当の競買申込がなかつたので、原裁判所は、本件競売の目的物たる宅地の最低競売価額を三十八万千六百円に、建物の最低競売価額を四十五万九千円に低減した上、昭和三十年三月十一日午前十時を競売期日と定めて公告したところ、右期日は債権者、債務者双方の申請により変更されたこと、そこで原裁判所は、さらに昭和三十一年二月十日午前十時を競売期日と定めて公告したが、この公告にあたり、本件競売の目的物たる宅地の最低競売価額を三十五万円に、建物の最低競売価額を四十万五千円にそれぞれ低減したこと、しかるに右競売期日も変更されて競売期日は同年四月九日午前十時と定められたが、右競売期日において競売が実施せられ、宅地については三十五万円、建物については四十万五千円の競買の申出があり、これに基いて原裁判所は競落許可決定をなしたことが明らかである。原裁判所は、競売期日を開かないで最低競買価額を低減したのは、競売法第三十条民事訴訟法第六百六十二条ノ二によつたものであるとの意見を述べているけれども、右民事訴訟法第六百六十二条ノ二は、昭和十六年法律第五七号により定められたもので、その意図するところは、当時国家総動員上の必要から公定価格を定め、配給統制も実施されていた折柄、不動産の競売が統制をみだすことのないように公益上の必要から、これを抑制することを目的としたものであつたことは、立法の経過ならびに当時発せられた司法次官通牒(昭和十六年二月二八日民事甲第二一三号司法次官通牒)民事局長通牒(昭和十六年三月四日民事甲第二一九号民事局長通牒)により明らかなところであつて、民事訴訟法第六百六十二条ノ二の「裁判所必要アリト認ムルトキハ」とは、公益上の必要ありと認むるときはの意味に解すべきものである。元来民事訴訟法が予め最低競売価額を定め、これを公告し、これ以下では売却を許さないことにしたのは、不動産の価額を相当に維持し、不当に安価に競落されることを防止する目的に出たもので、利害関係人の合意をもつてしてもこれを変更し得ないことは、民事訴訟法第六百六十二条(競売法第三十条により準用)の明定するところである。従つて競売法第三十一条民事訴訟法第六百七十条により最低競売価額を低減する場合競売裁判所が一たんその見込によつてこれを低減し、公告した以上、これを売却条件として競売期日を開き、競売を実施しない限り、競売法第三十一条にいわゆる「相当ノ競買申込ナキトキ」なる要件に該当しないものというべく、従つて競売裁判所はさらにこれを低減することはできないものというべきである。また本件が競売法第三十条の準用する民事訴訟法第六百六十二条ノ二にいわゆる「裁判所必要アリト認ムルトキ」にもあたらないことは、前段の説明により了解できるであろう。従つて原裁判所が一たん低減した最低競売価額を売却条件として競売を実施しないのにかかわらずさらにこれを低減したのは違法である。よつて右違法なる手続の結果としてなされた競売期日において原裁判所が違法に低減した最低競売価額を申し出た競買人に対し競落許可決定をなしたのは失当であるから右決定はこれを取り消し、本件不動産の競落はこれを許さないものとすべきである。

よつて、その他の抗告理由に対する判断を省略し、抗告費用の負担につき民事訴訟法第四百十四条第八十九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大江保直 判事 猪俣幸一 判事 古原勇雄)

抗告申立の理由

一、別紙目録記載の不動産は申立人所有の物であるが、原裁判所は債権者たる常盤商事株式会社の申立に依り債権額金四拾万円也の貸金債権に付き抵当実行に依る競売開始決定を為し、昭和三十一年四月九日競売を実施し、最高価競買人たる右債権者に対し原裁判所は同月十日金七拾五万五千円也を以て競落を許可する旨の許可決定をした。

然るに右競落許可決定をする前に、本件手続には幾多の違法手続若しくは処分があるを以て、右競落許可決定は之を取消し、更に右違法手続と違法処分を是正した上、正規な方法を以て競売手続を進めるべきである。

二、左に右違法手続と違法処分を列挙する。

イ、原裁判所は本件に付き競売申立人たる債権者の申立書と疏明書類を鵜呑にし、申立に係る債権額金四十万円ありとの事実に付き債権者の添付した貸金証書の写に対応する原本を精査せずに、右金四十万円の残債権ありとの申立通り本件開始決定をされたが、実は債権者の所持する貸金証書の原本は別紙疏第一号証明書の通り金五拾万円也の貸付金額は金四十万円に訂正されている筈である。その理由は、右証明書記載の通り初めは五拾万円也の貸借の心算で証書を作成したが、債権者より金五拾万円の現金はないから金四拾万円にしてくれと申されたので借用人たる申立人等は致し方なく承諾し、その内金参拾五万円を昭和二十八年十一月十三日に受取る際右貸金証書面の金五拾万円を金四拾万円に訂正したのである。その後昭和二十九年一月中に残金五万円を受取り合計金四拾万円の消費貸借は成立したが、登記面の抵当債権額金五拾万円は双方話合の上訂正手続をしなかつたのである。右の如き事情なるに、債権者は、右貸金証書の写には右訂正した金額を訂正しない形で金五拾万円の貸借が成立し、その後金拾万円の入金があつた故、残金四拾万円の債権ありとして虚偽の申立を為し、原裁判所を誤信させたのである。勿論、右金拾万円の入金は別紙疏第四号の一、二通り昭和三十年七月二十二日株式会社山梨中央銀行を経由し債権者へ返金しているのである故、此入金を差引けば残元金は参拾万円也となる計算であり、尚此外にも別紙疏第壱号の仮証の通り昭和二十九年六月九日にも金五万円入金している故、差引残元金は金弐拾五万あるのみである。而して以上の借金に付き昭和二十八年十月三十日の借入れ時から昭和二十八年十二月三十一日の返済期日迄の利息諸経費等として金四万七千五百十円を天引され外に昭和三十年六月二十五日より昭和三十一年二月八日迄の間に五回に別紙疏第三号証及疏第四号証乃至疏第八号証の通り損害金として計金弐万九千九百円を支払つている。右疏第六号証の金六千円也は、貸付金弐拾万円口の利子内入となつているが、その理由は、前記二十五万円を金弐拾万円と金五万円の二口に分割して支払う約束をした故その金弐拾万円としたのであつて、本件当事者間には本件以外に別に金弐拾万円の貸借上の債務が在つたのでない。以上の如く、本件貸金の残金は右金弐拾五万円あるのみなるを以て、宜しく申立債権額を此の範囲に減額訂正せしめた上、競売手続を進行すべきである。そうすれば、本件競売物件は土地と建物の二個である故その中一個の競売のみを以て債権者はその目的を達せられることになり敢えて二個に付き裁判所は競落許可決定することは出来ないのである。仍つて前記事実に付き債権者の所持する本件借用証書を提出せしめ十分御調査の上申立趣旨の通り御裁判を仰ぎたい。

ロ、本件競売に関する一件記録に依れば、目的物件たる土地に対しては鑑定の結果、最低評価格は金四拾弐万四千円、家屋に対しては同上、最低評価格は計金五拾壱万円となつているが、之に付き第一回の競売期日は開始したるも競買人が参集しなかつたので、更に新競売期日を指定するに当り右評価格は土地に付き金参拾八万壱千六百円に建物に付き金四拾弐万九千円に各低下変更したが、右低下変更は法規上止むを得ないが、右は売却条件の変更である故その変更決定をすべきであるのに記録中に右変更の決定はない。

次に変更された最低競売価格更に昭和三十一年一月二十日競売期日公告に当り右宅地に付き金参拾五万円に低下変更し、建物に付き金四拾万五千円に低下変更しているが、此の変更は左記理由に依り明に違法である。最低競売価格を低下変更するには競売法第三十一条民事訴訟法第六百七十条の規定に従つてすべきであるのに、原裁判所は右変更するに当り前の競売期日は当事者の変更申請に依り新期日が指定されたのに不拘之を競売期日に競売を開始したるも競買人が無かつたと同一に解して右の如く最低競売価格を低下変更したものであり右解釈は誤りである。

右の如く違法な価格の変更をした為め一個の競落許可で足りるのに二個に付き競落許可決定をせざるを得なくなつたのである。

ハ、次に一件記録に編綴してある昭和三十一年四月九日附の本件競売調書は左記理由に依り重要な要件の表示を缺如している故当然無効であり、その無効は引いて本件競落許可決定も違法に帰するものである。右競売調書を観るに本件目的物件中建物に付き之を表示するに当り、同所同町第四〇八番と記載してあり右は一件記録に依れば建物の家屋番号である事は明瞭である。従つて本件建物に付いてはその所在地番を表示しないものであつて競売法第三十条民事訴訟法第六六七条第一号に所謂不動産の表示を缺いたもので斯る重要な事項の缺如はその調書全体を無効と解すべきである。他の部分の記載からして右建物の所在地番も宅地の所在地番と同一に視られると云う有効解釈は許されないものと思料する。

以上の如く本件競売事件に付き幾多の違法な処分と手続を無視してなされた競落許可決定は之を取消し、違法な諸点を是正した上適法な手続を踏んで更にやり直すべきである故、茲に即時抗告申立に及んだ次第である。

目録

南巨摩郡鰍澤町第壹七九五番

一、宅地貳百拾貳坪

同郡同町同番

同所同番家屋番號 第四〇八番

一、土藏瓦葺貳階建 居宅 壹棟 建坪 拾參坪貳合 貳階 拾壹坪

附属建物

木造瓦葺平家建 居宅壹棟 建坪 六坪七合五勺

木造亞鉛メツキ鋼板葺平家建 居宅壹棟 建坪 八坪五合

木造草葺平家建 居宅壹棟 建坪 參拾壹坪五合

申立の理由に対する反対陳述

一、申立理由第一項中前段は之を認める。即ち相手方は債権額金四拾万円也の貸金債権に付いて抵当権実行により競売開始決定を受け、昭和三十一年四月九日の競売期日に相手方は最高価競買人となり原裁判所は同月十日金七拾五万五千円也で競落し許可する旨の決定を為したものである。

而して右に至るには何ら手続上の違法はない。

二、申立理由第二項中

(イ)(一) 相手方は昭和二十八年十月三十日抗告人外二人を連帯借主として金五拾万円也を利息は百円に付一日金参拾銭延滞損害金は利息と同様元利金の返済期日は同年十二月三十一日と定め抵当権を設定せしめたものであるが、事実は同日相手方は金参拾五万円也のみ抗告人外二名に貸与し同年十二月四日金五万円也を貸与したものである。故に相手方と抗告人外二名間には金四拾万円也に付いてのみ貸付が行われたものである。而して抵当債権額金五拾万円也を当事者間で金四拾万円也と訂正すべきをその侭になし置きたるものである。

(二) 相手方は前記貸付金参拾五万円也を抗告人外二名に手渡したる後、貸付日の昭和二十八年十月三十日その翌日三十一日並同年十一月末日迄の計三十二日分に対する百円に付一日金参拾銭の割合による利息金参万参千六百円也の利息を受領したことはあるが、それ以外の金員を受領したことはない。

(三) 相手方は抗告人外二名より返済期後百円に付一日金参拾銭の割合による損害金を受領したことあるも一銭たりとも元金の支払を受けた事はない。従つて元本は依然として金四拾万円也となつている。

亦相手方は抗告人等に金弐拾万円と五万円也の二口に分割した事はない。

(四) 昭和三十一年四月八日現在に於ける元金は金四拾万円也で損害金残は金八拾壱万壱千八百円也となり、合計金壱百弐拾壱万八千円也となるのである。

従つて土地と建物の不動産を一括競売に附しても何ら違法ではない。

(ロ)(一) 本件最低価格を低減したのは競売期日に競買価格の申出がなかつたから低減したのであつて、右は民訴法第六七〇条に基いての低減であるし、その折新競売期日を定めたものであつて、決して手続上違法はない。

(二) 相手方の元利金は金壱百弐拾壱万八千円也であるから、一括土地建物を競売に附しても何ら違法でない。

(ハ) 建物表示として同所同町第四〇八番とあるは同所とは先の土地の表示と同一場所と云ふ意味であつて、此れを正確に表示すれば南巨摩郡鰍沢町第壱七九五番となるのである。同町第四〇八番か即ち建物の家屋番号を表示したものであつて決して抗告人の謂う表示に欠けるところは少しもないものであつて何ら違法はない。

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